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西洋建築史 フライング・バットレスの奇跡 [建築の歴史]
「がんばらないけど見せどころをつくる。100点取ろうとすると飽和しちゃうから。他人が見るときの幅をつくるように」
(設計製図と設計演習と他の課題の三重苦に苦しむ学生へ中谷先生から)
「中世の窓から」阿部謹也
中谷先生が読んだ本の中でもbest10に入る名著。
暗闇時代は必ず中世である。何故ならそういう定義だから。よく分かる過去と現在の2点のことはいいが、その間のよく分からない期間を「中世」と名づけてしまう。そうやって出来たのが中世という歴史ゆえ、中世には元から「よくわからないもの」という概念がある。
わかる過去=古典<わからない過去=中世
それゆえ、近代建築にも古典と中世がある。
丹下健三は古典(分かる過去)だけれど、早稲田の建築は中世(よくわからない)
例えば村野藤吾や、吉坂隆正、石山修武などは、正直よく分からない。
カウンターカルチャーという見方もできるかもしれない
バシリカ空間の誕生

・長方形の平面を持ち、内部にクリアストーリ(採光用の高窓)、列柱のアーケード
・キリスト教が迫害されていた時期、粗末な木造小屋が発生。柱梁のため、日本家屋に似た、母屋と庇
→主廊(NAVE)と側廊(AISLE)が発生。バシリカの起源は木造形式だった。
バシリカの木造が、アーチ、ドームに展開された。木造からレンガへ
ギリシャ、ローマときて→ロマネスク→ゴシック
「ロマネスク」は「ローマ風の」という意味。
「ゴシック」は「ゴード族の(ゲルマン系、より内陸の)」
問)ロマネスク・ゴシックの両者は連続しているのか?その内的な発展性はなにか?

ロマネスク:適正な低さ、厚い壁、小さな開口、シンプルなヴォールト、自給自足の場
ゴシック:異様な高さ 薄い壁、大きな開口 複雑なヴォールト、都市の中心
ロマネスク期における「低い天井、厚い壁」が、ゴシック期になると「高い天井、薄い壁」へと変化していく。この構造的飛躍はどのように起こったのか。

シャルトル大聖堂、ノートルダム大聖堂、 king`s colledge chapel
・ロマネスクからゴシックへの特徴1 リヴ・ヴォールト
ヴォールトを交差することで発見された線は、重たい天井が細いアーチで支えられているように見える。
・ロマネスクからゴシックへの特徴2 尖塔アーチ とにかく高さを追求する
↓
フライング・バットレスの発見 ゴシックの幕開け、大発明。
教会には主廊と側廊があるが、側廊の壁から、側廊の屋根をまたいで主廊の壁を支えるのがフライング・バットレス。言わばつっかえ棒。
ヴォールトはアーチの連続体なので、外に開こうとする力が働く。
主廊の壁が倒れないように、フライング・バットレスがそれを支える。

シャルトル大聖堂の平面図。フライングバットレス、ありますね。

ノートルダム大聖堂のフライング・バットレス。ありますね。「隠しの美学」
高さへの追求を可能になる。
高さ、薄さを追求したからこそ、つっかえ棒が必要である。
外部空間で構造を担当し、内部空間から重力をなくす。
バットレスの複雑な表現が、さらに教会建築の構築性を倍化させる。
フライング・バットレスこそが、マジックの種。
全体の構造とすれば合理的だが、断片的には成立しえないかのような空間ー「奇跡としての建築、奇跡のような建築ではなくて、建築で奇跡をつくる。
キングス・カレッジ・チャペル(イギリス)

壁はほぼガラスだが、バットレスがあるから保っている。

キングス・カレッジ・チャペルの外観(右はグーグルアース)
ちゃんと、バットレス、ありますね。
・ゴシック建築を支えたもの
1:自治都市の誕生→修道院から都市の公共建築としての教会へ
2:職人層の台頭、ギルド(組合)の誕生、徒弟制度、世襲制、技術の私的所有
3:キリスト教を中心にした国家共同体の表現としてエスカレート
この辺はドラクエの都市と同じ。
ぐるっと都市を囲む城壁があって、中心に教会があって、都市が独立している
・ケルン大聖堂
・シャルトル大聖堂・フランス
・サン・ドニ(フランス)
その後
ゴシック建築の終わり
新しい修道院運動 貴族的なベネディクト派から民衆宗教へ
民衆に説教場としての均質な空間へ
民衆は高い薄いヴォールト空間の魔法に飽きてくる
イタリアを中心に「ゴシック飽きた運動」が起きる
しかしイギリスだけはゴシックが終わらない。植物的な繊細さへ進化していく。
バース大聖堂、キングス・カレッジ・チャペル
このイギリスのガラパゴスな進化が、後にクリスタルパレスを生んだ。
(設計製図と設計演習と他の課題の三重苦に苦しむ学生へ中谷先生から)
「中世の窓から」阿部謹也
中谷先生が読んだ本の中でもbest10に入る名著。
暗闇時代は必ず中世である。何故ならそういう定義だから。よく分かる過去と現在の2点のことはいいが、その間のよく分からない期間を「中世」と名づけてしまう。そうやって出来たのが中世という歴史ゆえ、中世には元から「よくわからないもの」という概念がある。
わかる過去=古典<わからない過去=中世
それゆえ、近代建築にも古典と中世がある。
丹下健三は古典(分かる過去)だけれど、早稲田の建築は中世(よくわからない)
例えば村野藤吾や、吉坂隆正、石山修武などは、正直よく分からない。
カウンターカルチャーという見方もできるかもしれない
ロマネスクからゴシック 中世へ
バシリカ空間の誕生

・長方形の平面を持ち、内部にクリアストーリ(採光用の高窓)、列柱のアーケード
・キリスト教が迫害されていた時期、粗末な木造小屋が発生。柱梁のため、日本家屋に似た、母屋と庇
→主廊(NAVE)と側廊(AISLE)が発生。バシリカの起源は木造形式だった。
バシリカの木造が、アーチ、ドームに展開された。木造からレンガへ
ギリシャ、ローマときて→ロマネスク→ゴシック
「ロマネスク」は「ローマ風の」という意味。
「ゴシック」は「ゴード族の(ゲルマン系、より内陸の)」
問)ロマネスク・ゴシックの両者は連続しているのか?その内的な発展性はなにか?

ロマネスクからゴシックへの構造的発展
ロマネスク:適正な低さ、厚い壁、小さな開口、シンプルなヴォールト、自給自足の場
ゴシック:異様な高さ 薄い壁、大きな開口 複雑なヴォールト、都市の中心
ロマネスク期における「低い天井、厚い壁」が、ゴシック期になると「高い天井、薄い壁」へと変化していく。この構造的飛躍はどのように起こったのか。

シャルトル大聖堂、ノートルダム大聖堂、 king`s colledge chapel
・ロマネスクからゴシックへの特徴1 リヴ・ヴォールト
ヴォールトを交差することで発見された線は、重たい天井が細いアーチで支えられているように見える。
・ロマネスクからゴシックへの特徴2 尖塔アーチ とにかく高さを追求する
↓
フライング・バットレスの発見 ゴシックの幕開け、大発明。
教会には主廊と側廊があるが、側廊の壁から、側廊の屋根をまたいで主廊の壁を支えるのがフライング・バットレス。言わばつっかえ棒。
ヴォールトはアーチの連続体なので、外に開こうとする力が働く。
主廊の壁が倒れないように、フライング・バットレスがそれを支える。

シャルトル大聖堂の平面図。フライングバットレス、ありますね。

ノートルダム大聖堂のフライング・バットレス。ありますね。「隠しの美学」
高さへの追求を可能になる。
高さ、薄さを追求したからこそ、つっかえ棒が必要である。
外部空間で構造を担当し、内部空間から重力をなくす。
バットレスの複雑な表現が、さらに教会建築の構築性を倍化させる。
フライング・バットレスこそが、マジックの種。
全体の構造とすれば合理的だが、断片的には成立しえないかのような空間ー「奇跡としての建築、奇跡のような建築ではなくて、建築で奇跡をつくる。
キングス・カレッジ・チャペル(イギリス)

壁はほぼガラスだが、バットレスがあるから保っている。

キングス・カレッジ・チャペルの外観(右はグーグルアース)
ちゃんと、バットレス、ありますね。
・ゴシック建築を支えたもの
1:自治都市の誕生→修道院から都市の公共建築としての教会へ
2:職人層の台頭、ギルド(組合)の誕生、徒弟制度、世襲制、技術の私的所有
3:キリスト教を中心にした国家共同体の表現としてエスカレート
この辺はドラクエの都市と同じ。
ぐるっと都市を囲む城壁があって、中心に教会があって、都市が独立している
・ケルン大聖堂
・シャルトル大聖堂・フランス
・サン・ドニ(フランス)
その後
ゴシック建築の終わり
新しい修道院運動 貴族的なベネディクト派から民衆宗教へ
民衆に説教場としての均質な空間へ
民衆は高い薄いヴォールト空間の魔法に飽きてくる
イタリアを中心に「ゴシック飽きた運動」が起きる
しかしイギリスだけはゴシックが終わらない。植物的な繊細さへ進化していく。
バース大聖堂、キングス・カレッジ・チャペル
このイギリスのガラパゴスな進化が、後にクリスタルパレスを生んだ。
2012-03-02 01:39
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2012 1/27メモ
池上高志さんと山田うんさんの東大の授業に行った(もちろん、モグリ)
自転車がパンクしたため電車に切り替え、すこし遅刻。
身体的科学 EMBODIED COGNITION
数学やgoogle(誰でも、客観的に、アクセスできる) と 、
身体性 complex system(主観的にしかアクセスできない。共有できない)
「身体の言語」の射程は無意識や、心臓の動き、死とか身体とか対象化しえないものまで届く。
学問だとそれは言語化することや論文にすることしかできないけれど、
ダンスは直接それに触れられる。語ることができる。
矛盾するものや多様性をそのまま認識できる。
ひたすら笑っていると悲しくなって泣けてきて、泣き続けると可笑しくなってしまったり、
揺れる感情だとか、クオリアのようなものはダンスでしか扱えない特権的なものなのだろうか
客観的に言語的に表出することが「わかる」とするとき、
それによってかえって主観的にはアクセスできなくなる、喪失するものもあるんじゃないか。
「客観的にアクセシブルであることは、主観的にアクセシブルでなくなるというパラドックス」
身体性に対する自らのオーナーシップ。
うんさん:自分の中にある振り付けを他人に渡したら「私こんなこと考えてない」と、アクセスできなくなることがある
うんさんが言語や数学に興味がある。そういうアクセスできないものを言語では書こうとして、
実際はなかなか書けないんだけれど、共有しようとして、ギリギリまで書けないとこまでいったその「もどかしさのクオリア」みたいなとこに可能性があるのだろうか。
googleでラベルが貼れないもの
ラベルとラベルの関係性にまでいくとラベルの追いつけない
ダンスだと関係性や時間も内包している。
踊ってると、Pとnot Pが両立しているときがある。
not Aが=を介し右辺に至るまでにAになることはあるわけだから、時間を介入すれば、
「not A = A」は時間的な振動として解決される問題
時間が入ると矛盾が解決されちゃう。時間をいれつつ、矛盾があるものを作らなければならない?
いかなる自然現象は矛盾していないけれど、
それは目に見えるところだけで、目に見えないところでは矛盾している?
「staticじゃないものについて矛盾とは何」か定義したものはある?
突然ウィルスができてくるのは、目に見えない矛盾が重なりあって創発された????
で、ダンスタイム
音楽をかけて身体を動かす。ぐるぐる回る。
ペアになって、自分の生まれから今までを自己紹介、を同時にやる。
聞きながら、話す。むずかしい。
のちに自己紹介ならぬ他己紹介。現実はアクセスできないことだらけ。
またペアになって、対面して相手の動きをコピーする。
ただし、どっちが先行するわけではなく、互いに感じあいながら。
相手の身体が自分の身体だと思ってやるととうまくいった。
次は、仲良く踊る。そのあとは、相手が踊りにくくなるように踊る。
仲良く踊るよりも嫌われるように踊るほうが思いっきりやれる。
とはいえ、上に乗っかってもいいよね、みたいなやりとりはあって、
身体は勘のようなものがある。
二人で共有している空気を壊さないようにしながら前に進んでいく感じ。
休憩のあと、うんさんのダンスを見る。
一回目と二回目、どちらもインプロビゼーション。
見終わったあと、感想タイム。
一回目はうんさんが幽霊みたいだった。同時に美しくもあった。
二回目は生理的に気持ちいいい感じがした。安心して見れた。
うんさん曰く、一回目は自分の過去の記憶や技術を参照しながら、また未来を考えながら。二回目は環境に即応して踊った。そんなようなことを言っていた。
うんさん曰く、踊っているときのほうが心と身体がばらばらになっていない感じがするそう
自転車がパンクしたため電車に切り替え、すこし遅刻。
身体的科学 EMBODIED COGNITION
数学やgoogle(誰でも、客観的に、アクセスできる) と 、
身体性 complex system(主観的にしかアクセスできない。共有できない)
「身体の言語」の射程は無意識や、心臓の動き、死とか身体とか対象化しえないものまで届く。
学問だとそれは言語化することや論文にすることしかできないけれど、
ダンスは直接それに触れられる。語ることができる。
矛盾するものや多様性をそのまま認識できる。
ひたすら笑っていると悲しくなって泣けてきて、泣き続けると可笑しくなってしまったり、
揺れる感情だとか、クオリアのようなものはダンスでしか扱えない特権的なものなのだろうか
客観的に言語的に表出することが「わかる」とするとき、
それによってかえって主観的にはアクセスできなくなる、喪失するものもあるんじゃないか。
「客観的にアクセシブルであることは、主観的にアクセシブルでなくなるというパラドックス」
身体性に対する自らのオーナーシップ。
うんさん:自分の中にある振り付けを他人に渡したら「私こんなこと考えてない」と、アクセスできなくなることがある
うんさんが言語や数学に興味がある。そういうアクセスできないものを言語では書こうとして、
実際はなかなか書けないんだけれど、共有しようとして、ギリギリまで書けないとこまでいったその「もどかしさのクオリア」みたいなとこに可能性があるのだろうか。
googleでラベルが貼れないもの
ラベルとラベルの関係性にまでいくとラベルの追いつけない
ダンスだと関係性や時間も内包している。
踊ってると、Pとnot Pが両立しているときがある。
not Aが=を介し右辺に至るまでにAになることはあるわけだから、時間を介入すれば、
「not A = A」は時間的な振動として解決される問題
時間が入ると矛盾が解決されちゃう。時間をいれつつ、矛盾があるものを作らなければならない?
いかなる自然現象は矛盾していないけれど、
それは目に見えるところだけで、目に見えないところでは矛盾している?
「staticじゃないものについて矛盾とは何」か定義したものはある?
突然ウィルスができてくるのは、目に見えない矛盾が重なりあって創発された????
で、ダンスタイム
音楽をかけて身体を動かす。ぐるぐる回る。
ペアになって、自分の生まれから今までを自己紹介、を同時にやる。
聞きながら、話す。むずかしい。
のちに自己紹介ならぬ他己紹介。現実はアクセスできないことだらけ。
またペアになって、対面して相手の動きをコピーする。
ただし、どっちが先行するわけではなく、互いに感じあいながら。
相手の身体が自分の身体だと思ってやるととうまくいった。
次は、仲良く踊る。そのあとは、相手が踊りにくくなるように踊る。
仲良く踊るよりも嫌われるように踊るほうが思いっきりやれる。
とはいえ、上に乗っかってもいいよね、みたいなやりとりはあって、
身体は勘のようなものがある。
二人で共有している空気を壊さないようにしながら前に進んでいく感じ。
休憩のあと、うんさんのダンスを見る。
一回目と二回目、どちらもインプロビゼーション。
見終わったあと、感想タイム。
一回目はうんさんが幽霊みたいだった。同時に美しくもあった。
二回目は生理的に気持ちいいい感じがした。安心して見れた。
うんさん曰く、一回目は自分の過去の記憶や技術を参照しながら、また未来を考えながら。二回目は環境に即応して踊った。そんなようなことを言っていた。
うんさん曰く、踊っているときのほうが心と身体がばらばらになっていない感じがするそう
私にとって振付けは動きを再現するためのものではなくて、再現される動きが初めて出会う新規の振動を起こすためもの。どんな動きが面白いかと鏡を見て形を考えることではなく、鏡に写らない体の中の怪物に息を吹きかけること。
体を動かすものは引力や遠心力または筋力だったりするけれど、私を動かすもは架空のエネルギー。架空だけどとても具体的な方向性や緩急、濃淡を持っている姿なき実体。
よく動くところを動かし使いやすい言葉を使うことで拡張されるのはエゴ。動かないところ動かしたくないところ使いにくいところを使うことで拡張されるのはバカ。バカは出番を待ってる。バカと遊べる特権が人を拡張させる。かもしれない。
あるものとないものを行き来する時にただ行ったり来たりしてても何も変わらない。架空のあると架空のないを設定し、それを使うことで言語は拡張される。それらは産声を上げて震えている。
2012-01-28 01:04
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サブカルチャー論 2012 1/26 [サブカルチャー]
宮沢章夫さんの「サブカルチャー論」の授業ノートです。基本的には授業中に聞きとったものなので、内容に間違いがあったり、誤解しているかもしれません。そのへんを考慮して読んで頂けるとありがたいです。
文化的潮流と時代ごとの事象を、その背景から学ぶ。
サブカルチャーもいろいろあるけど、宮沢さんが興味があるのはアニメやAKB48のポップカルチャーではなく、ストリートから出てくるものや、サブカルチャーという文化的周縁。オープニングはFatboy Slim "The Rockafeller Skank"
Topic
・「90年代サブカル」の終焉と、ストリートの思想
・2000年代へ。大学からストリートへ
・おさらいとしての60年代カウンターカルチャー
・「90年代サブカル」の終焉と、ストリートの思想
「BURST」2001年9月号 青山正明 追悼
自殺していたカリスマ麻薬系ライター青山正明。
ドラッグが共通する60年代と90年代との違いは、「夢」みたいなものがないこと。90年代はもっと即物的だった。端的に快楽だった。というのは彼らからしてみると、「60年代のヒッピーのやつらは宗教的なビジョンとか、恣意的な体験を得るとか言ってたけど、そんなの嘘だろ、単に気持ちがいいからだろ」と、もっともらしい虚構をひっぺがそうとしていた。
「ヴィデオドローム」(デイヴィッド・クローネンバーグ監督、1982年)を見る。
全体的に退廃した雰囲気。
もうひとつの死。2010年、村崎百郎の死。
鬼畜・下品なふるまいをすることで社会の暗い側面を暴こうとした。
自らの中にある「鬼畜の部分、不道徳的な部分」から目をそむけることができなかった。
他者が「それら」を隠し、無かったことにしようとするのが許せなかったのだろうか。
美しかったり、きれいだったり、エコだったり、オーガニックだったり・・ノイズや汚いものが無視される潮流をひっくり返してやろうという反動としての、鬼畜、ドラッグ、露悪趣味というものがあったのではないか。
・2000年代へ。大学からストリートへ
メディアによって言説の種類も変わる。

ポストモダン理論、社会理論、サブカルチャーという三角関係
80年代 ニューアカデミズム 浅田彰 中澤新一 雑誌などの紙メディア
90年代 姜尚中や宮台真司のような知識人は、朝まで生テレビなどテレビを活用した。
思想や哲学がサブカルチャー的な妄想力にとって変わってしまったオウム事件。
宮下公園がナイキからお金もらって整備され「宮下ナイキ公園」になるところだった。
「Our Park」をみる(You Tubeで探したけどなかった)
1955 サブカルの誕生
1965 東京の変容
1975 70年代パラダイム=マイノリティの発見(フェミニズム、在日外国人、部落差別、障がい者、少数民族問題、性的マイノリティ)
1985 バブル胚胎
1995 バブルの終焉と95年の切断
・<港区的>なるものを挟みこむ、<高円寺>と<秋葉原>という特別な街
中心である六本木(港区的なるもの)ネオリベラリズム的な、六本木ヒルズのきれいさ
おしゃれだな、とは思うけれど、それだけでいいのだろうか。
六本木ヒルズの街っぽさ。複雜で面白いんだけど、もともと複雜だったろう。
かつての文化背景を壊してすべて精算してまで再開発する必要があったのか。
周縁である高円寺と秋葉原
・高円寺
タトゥー屋 味二番 グラフィティ リサイクルショップ「素人の乱」
「三人デモ」の映像を見る。「クリスマス粉砕集会」
徹底的にふざけている。原発デモでその「緩さ」がなくなったかというと、そうでもなかった。
労働組合デモに見られるシリアスさがなかった。彼らにとってデモは表現活動の一部だったのではないか。
「貧困と富裕」
・秋葉原
2008年6月の殺傷事件 7人が死亡。なぜ秋葉原だったのか?
渋谷を通っているはずなのに、彼の社会への悪意はスクランブル交差点ではなく、秋葉原へ向かった。
トヨタの基幹工場の労働者だった犯人。歴史的にも、貧困者が貧困者を攻撃するという現実がある。なぜ?
「中心と地方」
サウダージ(2011)役者がいない
・60年代からの呼びかけ、その思想とはなんだったっけ?
「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」
Woodstockの映像見る。37分ダラダラ一曲やりながらジャズ、ロック、ファンク、ジャンルが変化し、物語があるような感じ。ネーミングの面白さ、誰もが知っているような英語を使って印象的な名前を作る。「得ようと思ったら、まず与えなければならない」これこそ60年代的な思想だった。
録音自由 無料で価値のあるものは、磁石のように人をあつめ、ライブに来る人も増える。様々な価値を生み出す。
スティーブジョブスのスピーチを見ておわり。なぜコンピュータができたか、それはまさに60年代の思想から来るものだった。
文化的潮流と時代ごとの事象を、その背景から学ぶ。
サブカルチャーもいろいろあるけど、宮沢さんが興味があるのはアニメやAKB48のポップカルチャーではなく、ストリートから出てくるものや、サブカルチャーという文化的周縁。オープニングはFatboy Slim "The Rockafeller Skank"
Topic
・「90年代サブカル」の終焉と、ストリートの思想
・2000年代へ。大学からストリートへ
・おさらいとしての60年代カウンターカルチャー
・「90年代サブカル」の終焉と、ストリートの思想
「BURST」2001年9月号 青山正明 追悼
自殺していたカリスマ麻薬系ライター青山正明。
ドラッグが共通する60年代と90年代との違いは、「夢」みたいなものがないこと。90年代はもっと即物的だった。端的に快楽だった。というのは彼らからしてみると、「60年代のヒッピーのやつらは宗教的なビジョンとか、恣意的な体験を得るとか言ってたけど、そんなの嘘だろ、単に気持ちがいいからだろ」と、もっともらしい虚構をひっぺがそうとしていた。
「ヴィデオドローム」(デイヴィッド・クローネンバーグ監督、1982年)を見る。
全体的に退廃した雰囲気。
もうひとつの死。2010年、村崎百郎の死。
鬼畜・下品なふるまいをすることで社会の暗い側面を暴こうとした。
自らの中にある「鬼畜の部分、不道徳的な部分」から目をそむけることができなかった。
他者が「それら」を隠し、無かったことにしようとするのが許せなかったのだろうか。
美しかったり、きれいだったり、エコだったり、オーガニックだったり・・ノイズや汚いものが無視される潮流をひっくり返してやろうという反動としての、鬼畜、ドラッグ、露悪趣味というものがあったのではないか。
・2000年代へ。大学からストリートへ
メディアによって言説の種類も変わる。

ストリートの思想―転換期としての1990年代 (NHKブックス)
- 作者: 毛利 嘉孝
- 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
- 発売日: 2009/07
- メディア: 単行本
ポストモダン理論、社会理論、サブカルチャーという三角関係
80年代 ニューアカデミズム 浅田彰 中澤新一 雑誌などの紙メディア
90年代 姜尚中や宮台真司のような知識人は、朝まで生テレビなどテレビを活用した。
思想や哲学がサブカルチャー的な妄想力にとって変わってしまったオウム事件。
宮下公園がナイキからお金もらって整備され「宮下ナイキ公園」になるところだった。
「Our Park」をみる(You Tubeで探したけどなかった)
1955 サブカルの誕生
1965 東京の変容
1975 70年代パラダイム=マイノリティの発見(フェミニズム、在日外国人、部落差別、障がい者、少数民族問題、性的マイノリティ)
1985 バブル胚胎
1995 バブルの終焉と95年の切断
・<港区的>なるものを挟みこむ、<高円寺>と<秋葉原>という特別な街
中心である六本木(港区的なるもの)ネオリベラリズム的な、六本木ヒルズのきれいさ
おしゃれだな、とは思うけれど、それだけでいいのだろうか。
六本木ヒルズの街っぽさ。複雜で面白いんだけど、もともと複雜だったろう。
かつての文化背景を壊してすべて精算してまで再開発する必要があったのか。
周縁である高円寺と秋葉原
・高円寺
タトゥー屋 味二番 グラフィティ リサイクルショップ「素人の乱」
「三人デモ」の映像を見る。「クリスマス粉砕集会」
徹底的にふざけている。原発デモでその「緩さ」がなくなったかというと、そうでもなかった。
労働組合デモに見られるシリアスさがなかった。彼らにとってデモは表現活動の一部だったのではないか。
「貧困と富裕」
・秋葉原
2008年6月の殺傷事件 7人が死亡。なぜ秋葉原だったのか?
渋谷を通っているはずなのに、彼の社会への悪意はスクランブル交差点ではなく、秋葉原へ向かった。
トヨタの基幹工場の労働者だった犯人。歴史的にも、貧困者が貧困者を攻撃するという現実がある。なぜ?
「中心と地方」
サウダージ(2011)役者がいない
・60年代からの呼びかけ、その思想とはなんだったっけ?
「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」
Woodstockの映像見る。37分ダラダラ一曲やりながらジャズ、ロック、ファンク、ジャンルが変化し、物語があるような感じ。ネーミングの面白さ、誰もが知っているような英語を使って印象的な名前を作る。「得ようと思ったら、まず与えなければならない」これこそ60年代的な思想だった。
録音自由 無料で価値のあるものは、磁石のように人をあつめ、ライブに来る人も増える。様々な価値を生み出す。
スティーブジョブスのスピーチを見ておわり。なぜコンピュータができたか、それはまさに60年代の思想から来るものだった。
2012-01-26 22:23
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